ハードボイルド

薄暗い通路の両脇に汚泥の積もった溝が通されていて、
雨水なのか生活排水なのか、黒く濁った液体が頼りなく流れている。
手を広げることも出来ない程狭い左右の石壁や照明の無い天井は、
じわりとした薄気味の悪い湿り気を帯び、
男が持つ懐中電灯の明かりを受け、おぞましいコントラストを創りだす。

手に持った懐中電灯を邪魔そうに、逆の手で黒いロングコートのポケットを探る。
くしゃくしゃになったマルボロを取り上げると、
至る箇所が折り曲がったタバコを口に咥えた。
男の後ろを静かに追従していた若い細身の男が、
手馴れた手つきでそのタバコに火を点ける。

懐中電灯を持った男は深呼吸のように深く煙を吐き出すと、
周りの壁に同化していた鉄の扉をゆっくりと押し開けた。
ひんやりとしたドアノブの感触が手のひらの温度を奪うと、
タバコの灯火は苛立った男の顔を照らし出した。

「順調ですか?動画作成者さん」

男は開いたドアの先に声を投げかける。
舐め回すような、見下すようなその不愉快な声は、
ドアの先で背を向けて座っている男に向けられていた。

「まだだ」

座ったまま僅かに顔をドアへ向けると、かすれた声でそう答えた。
照明の無い小さな部屋の隅に置かれた机には一台のモニタが置かれ、
椅子に座った男のシルエットを鮮明に映し出していた。

「前回の告知から既に3週間ですよ?ニコ動もかなり荒れてきている。そんな悠長なことでは困りますねぇ」

椅子に座った男の背中を懐中電灯で照らしながら、
暗く、冷たい目付きで囃したてる。
ニタニタとした薄気味の悪い笑い顔のまま、
部屋の中へゆっくりと足を進める。
石畳を蹴る革靴の音に引かれるように、
後ろから若い細身の男がついてくる。

「おぽこさん、あんたもわかってるだろう!今回の動画は過去最長の録画時間、その録画がやっと終わったばかりなんだ。編集にはまだまだ時間がかかる!」

一際大きな音でキーボードを叩きながら、
椅子に座った男が吐き捨てる。

『おぽこ』と呼ばれた懐中電灯の男は、
なおも薄ら笑いを浮かべたまま椅子に座った男に近づくと、
顔を覗き込みながらタバコの煙を吹きかける。

「甘ったれたことを言いやがって」

椅子に座った男が顔を逸らして咳き込む姿を眺めると、
おぽこはドアの前で佇む若い細身の男に初めて口を開いた。

「気合を入れてやれ」

若い細身の男はその言葉を聞くと、
左手にはめていた腕時計を外すと右手の拳に巻きつけ、
表情の無い顔でゆっくりと歩み寄る。
椅子に座った男は小さく体を震わせると、
観念したように深く座り込んだ。

ドクっと、深く鈍い音が部屋に鳴り響く。
腕時計を巻いて大きく振り切った拳の先には、
うずくまるおぽこの背中が震えていた。

「ジョニー、てめぇ」

脇腹を渾身の力で殴られたおぽこは、
呼吸ももどかしい程の掠れた声で若い細身の男を見上げる。

「おぽこさん、あんたにもう用はねぇ」

ジョニーと呼ばれた若い細身の男は、
革靴のつま先でおぽこのこめかみを蹴り上げる。
おぽこの手からこぼれ落ちたタバコは、
湿った石畳の上でジュゥっと音を立てながら白い煙を上げた。
こめかみを両手で押さえて唸り声を上げるおぽこに、
ジョニーは腕時計を巻き直しながらゆっくりと近づいていく。

「今日からは俺がおぽこだ」

そう吐き捨てると、うずくまったおぽこの襟首を掴み、
後頭部の上で腕時計を握り締める。

「そこまでよジョニー」

ジョニーがギョっとした表情でドアに目を向けると、
腰程まで赤毛を伸ばした女性が、
冷たく、しかしどこか淫靡な瞳でジョニーを睨みつけていた。

「マリー、てめぇいつの間に!」

こめかみの激痛で身動きの取れないおぽこの姿に一瞥をくれると、
ジョニーはマリーと呼ばれた女性に体を向けた。
部屋に一つしか無いドアを遮られたジョニーは、
悪い癖のように腕時計を巻き直す。
それにつられて、マリーは太もものベルトに隠されたナイフに手をかける。
ゆっくりとそのナイフを引き出しているその刹那、
マリーは自分の立つ通路の奥に顔を向ける。

「くそっ」

マリーの無意識な声が聞こえたと同時に、
部屋の中にいたジョニーの視界からマリーが消えた。

「ははっ」

ジョニーはさっきまで強張っていた表情を一気に緩め、
安堵の笑いをあげながらドアの外へ駆け寄った。
そこには、通路の地面に横たわったマリーの両肩を抑えつけ、
口元から涎を垂らす緑色のサイバイマンの姿があった。

「でかしたぞサイバイマン!飼い慣らしたかいがあったな!」

圧倒的な腕力で両肩を押さえつけられたマリーは、
既にナイフを握る力も無い程の痛みに喘いでいる。
その姿を尻目に、ジョニーは再びおぽこの元へ近づく。

「おぽこさん、あんたの言ったとおり、力こそが全てだったようだな」

ジョニーは高笑いをあげながら、
おぽこの襟首を持ち上げて拳の腕時計を握りしめた。

バシッと乾いた音が、湿った部屋に響き渡る。
そこにはいつの間にか、ジョニーの振り上げた腕を鷲掴み、
おぽこへの最後の攻撃を阻止している男が立っていた。

「オラ、おぽこの邪魔するヤツはぜってぇゆるさねぇ!」





収集つきません。どうにもならないのでここでおしまいです。
ていけー